『通訳理論研究 10』第 6巻 1号 (1995:46-58) 


 
 

日本における通訳者訓練の問題点と

通訳訓練に必要な語学力の基準

〜第39回通訳理論研究会報告要旨〜

染谷泰正

1995年6月18日


本稿は、1995年6月18日に文京区シビックセンター会議室にて行われた第39回通訳理論研究会での報告をまとめたものです。なお、本報告はもともと「通訳訓練手法とその一般語学学習への応用」というテーマで行なったものですが、本誌(『通訳理論研究 10』第 6巻 1号) に掲載するに当たって全体を 2部に分け、今回はこのうちの前半部を収録しています。後半部は本誌次号に掲載する予定です。
 
はじめに
先月の研究会では熊切さんから通訳訓練の手法とその具体的な学習プログラムに関するお話をしていただきました。お話の内容はたいへん示唆に富むもので、いろいろと考えさせられる点があったわけですが、それだけに、疑問点といいますか、もう少し詳しく聞いてみたいと思う点もずいぶんあったように思います。例えば、これは質疑応答のときにも何人かの方が述べられていたことですが、熊切さんの提案されておられる学習プログラムは「通訳訓練に必要な英語力の養成」と「通訳技能の習得」という 2つの異なったレベルのタスクを同時に達成するためのものとして構想されており、そのために学習プログラムとしてはかえって非効率なものになっているのではないかという印象を受けたわけです。もっともこの点についてはご本人も十分に自覚しておられることで、むしろ意図的にこの両方の性格を併せ持ったものとして考えておられるように思いますが、いずれにせよ、この熊切プログラムは「語学学習」と「通訳訓練」という 2つの課題を同時に背負っているという意味で、まさに現在の日本における通訳者トレーニングの実態とその最大の問題点のひとつをそのまま反映しているように思うわけです。

もうひとつお話を聞いて疑問に思ったのは訓練手法についての問題です。熊切さんの提案されておられる通訳訓練プログラムでは、通訳能力を高めるための訓練手法として、例えばシャードイングやリテンション、あるいはクイックレスポンス練習といった、一般に通訳訓練のスタンダードな手法と考えられているものを積極的に取り入れているわけですが、はたしてこういうものが「通訳」ということとどういう関係があるのか、あるいはこういう訓練が通訳能力を伸ばすためにどのくらい有効なのかという疑問があるわけです。さらにいえば、シャードイングならシャードイングという訓練手法は、そもそも何を目的に、どのように行なうべきものかという点についても、議論の余地がかなり残されているように思います。お話を聞いている限りでは、そのほかの訓練手法についても私の解釈と熊切さんの解釈はかなり違うように思うわけですが、これも、ある意味で現在の日本における通訳者教育の実態をそのまま反映していると言っていいのではないでしょうか。つまり、同じ言葉を使っていても、その解釈や教室での具体的な指導内容が指導者によってかなり違うという実態があるわけです。

で、今回はできればこういう問題について、熊切さんを中心にもっと突っ込んだ議論をしていければと思ったわけですが、残念ながら本日は熊切さんがご出席されておりませんので、熊切プログラムそのものについての詳しい議論は別の機会に行なうということにして、今日は前回の熊切さんのお話を受けて、私のほうから「日本における通訳者訓練の問題点と通訳訓練に必要な語学力の基準」および「通訳訓練手法とその一般語学学習への応用」というテーマでいくつかの問題提起をしてみたいと思います。このうち、本題は後半部ということになりますが、その前段として、まず、先ほど申し上げた「語学学習」と「通訳訓練」との関係について整理しておきたいと思います。

1. 欧米での通訳者訓練と日本における特殊事情
みなさんご存じのとおり、一般に欧米における通訳者訓練は母国語のほかにひとつないしふたつ以上の外国語をほぼ自由にあやつれる人を対象に行なわれています。通訳者訓練の場は、第一義的に「通訳技術の習得」(acquisition of interpretation skills) を目的とするものであって、「語学学習」(language learning/enhancement) の場ではないというのが基本的な認識になっているわけです。したがって、例えば米国のモントレー(Monterey Institute of International Studies) やパリ大学の通訳・翻訳者養成校 (Ecole Superieure d'Interpretes et de Traducteurs) などの例にも見られるとおり、通訳訓練のカリキュラムはもっぱら通訳技術そのものの習得と修練を目的とした演習中心のものとなっています。これらの訓練機関では当然のことながら入学者の選抜基準もかなり厳しいものになっていまして、単に語学に堪能であるだけでなく、通訳対象言語、つまり英語なら英語圏の文化、歴史、時事問題などに関してもネイティブスピーカーに匹敵する(near-native)知見を備えていることが求められているわけです。このように、被訓練者の言語運用能力および総合的な知的レベルがある一定の水準に達していることを前提にした場合、基本的な通訳技術を習得するのに必要な訓練期間はおよそ 1年、長くても 2年ほどあれば十分ではないかと思います。もちろんこれはフルタイムでということですが、それから先は実際に経験を積みながらプロの通訳者として必要な習熟度を増していけばいいわけです。

一方、日本における通訳者教育は、多くの場合、通訳技術の習得と語学学習という 2つの側面を同時に併せ持っているのが特徴であり、通常は後者により多くの比重を置かざるを得ないというのが実情です。もちろん通訳訓練を始めるために必要にして十分な言語運用力――とりわけ英語力――を備えた生徒がいないわけではありませんが、これは全体のごく一部にすぎませんで、ほとんどの通訳クラスでは、講師は一方で生徒に通訳そのものの訓練を施しながら、もう一方で、いかにして生徒の英語力を効果的な通訳訓練が可能になるレベルにまで引き上げていくかという2重の課題を背負っています。これは、先ほど述べたとおり熊切さんの提案されておられる「通訳訓練プログラム」でもまったく同じわけですが、このような状況においては、いずれにせよ効率的な授業ができるとは思えないわけです。

では、どうすればいいのかということですが、通訳者訓練というのは本質的に高度な「職能訓練」(vocational training) であり、そのようなものとして実質的な意味のある教育訓練を行うためにもっとも必要なことは、前述の欧米における例にならって、まず訓練対象者をある一定の言語運用能力を持つ者に限定することであると思います。これができれば、さまざまな問題をはらんだ現行の通訳者訓練方法やその具体的なカリキュラムは必然的に見直さざるを得なくなります。民間の通訳学校ではもっぱらビジネス上の理由でこれができないわけで、おそらくは今後ともあまり期待できないと思いますが、仮に通訳訓練対象者の選抜基準を欧米並みの水準に設定した場合、問題は次の 2つに整理することができます。ひとつは、生徒の選別をどのような基準で行ない、かつ、どのような内容の訓練を行っていくべきかという問題ですね。もうひとつは、この基準に満たない生徒に対する語学訓練あるいは学習支援をどのように行なうかという問題です。このうち私が個人的に特に関心を持っているのは後者のほうなんですが、これについてはまた後で詳しく議論するとして、まず、最初の問題、つまり通訳訓練対象者の選抜基準をどうするかという点について考えてみます。

2. 通訳訓練を効果的に行うために必要な語学(英語)力
訳というのは高度に複雑な知的作業で、単に語学に堪能であればいいというわけではありませんが、何といっても最大のポイントになるのは語学力ということになります。そこで、とりあえずこの点に絞って議論するわけですが、経験的に言えば、日本語を母語とする被訓練者を対象にした「英日通訳」の訓練を効果的に行うためには、被訓練者の英語力が 1)語彙、2)読解、3)聴解、および 4)プロソディー[1]の 4つの分野で、それぞれおよそ次のようなレベルに達している必要があると思います。

1)語彙力
Newsweek や TIME などの英文時事雑誌を特に大きな支障なく読みこなすことができるだけの認識語彙力(passive vocabulary)があること。具体的な目安としては、およそ 1万語から 1万5000語を下限値とする。

2)読解力(文字情報処理能力)
学習者用に編集されていない英文情報(英字新聞や英文雑誌など)を、80パーセント程度の理解度を確保しながら 160±20 wpm (words per minute) 程度の速度で安定して読むことができる。必要に応じて読みの速度を 200-250 wpm 程度にまで上げ、ほぼ的確に大意を把握しながら「斜め読み」をすることができる。英文の談話構造を的確に分析し、かつ重要な情報と副次的な情報を識別することができる。

3)聴解力(音声情報処理能力)
一般的な内容について、160±20 wpm程度のナチュラルスピードで発話された英文情報(学習者用に編集されていないもの)を特に大きな支障なく理解することができる。

4)プロソディーセンス(言語技術としてのプロソディー認知および運用力)
与えられた文字情報に隠されたプロソディー諸要素を読み取り、これをほぼ的確に音読再現することができる。同じく、音声情報についてもその中に含まれるプロソディー信号を的確に感知し、その<意味>を理解することができる。

この 4つの基準は、私がこの 6〜7年ほど実際に通訳クラスの生徒を教えてきた中で経験的に導き出されてきたものですが、通訳クラスとはいえ、実際には大半の生徒がこの基準をクリアできていないという現実の中で、私の最大の課題は、一貫して、彼らの英語力をいかにしてこのレベルにまで引き上げるかということであったわけです。通訳訓練とか通訳者の養成とかいいながら、実際には本来出発点であるべきものを到達目標として設定しなければならないというのはなんとも辻褄の合わない話ですが、これらの基準を大きく下回る生徒に対して、いわゆる「通訳訓練」を施すことはほとんど意味がないことははっきりしているわけです。そもそも、訓練で習得すべき技能を、仮にそれが習得できたとしても実際に使いこなすだけの基礎能力がないからです。いわば、若葉マークのドライバーに対して F1レースのテクニックを教えるようなものです。
 
語彙力について
ちなみに、この 4つの基準のうち最初のボキャブラリーについて言えば、ネイティブスピーカーの場合は 10才までにおよそ 34,000語程度の認識語彙を獲得し、成人の平均値はおよそ 5万語(Lewis, 1949) と推定されています。この数字は研究者によってまちまちですが、まあ、だいたいこんなところが妥当な数字だと思います。[2]

一方、私の調査では、通訳初級クラスの生徒さんたちの認識語彙数の平均値はおよそ 5000語から 6000語、中級クラスでもせいぜい 8000語どまりです。このレベルですと、形だけはまねることはできても、ほとんど通訳の訓練ということにはなりません。通常、われわれが高校卒業までに学習する英単語の総数はおよそ 4000語ということになっていますから、5000語から 8000語の語彙があるということは、中学・高校の 6年間で学習する英単語を完全にマスターし、なおかつ 1000語から 4000語もの上乗せができているということで、一般的なスタンダードからすればかなり英語ができる人ということになります。ただし、通訳ということになるとこれではとても間に合わないわけです。

生徒の語彙レベルを測定する方法はいろいろありますが、私が使っている方法は生徒に Newsweek 誌から抜粋した平均的な記事を読ませ、その中に出てくる未知語の数から現在の認識語彙数を推定するというものです。表 1は Newsweek 誌を読んだ場合の未知語率と推定認識語彙レベルの関係を示したもので、例えば未知語率が≦1.0%(およそ 100語あたり 1語の未知語出現率)とすると、その生徒の認識語彙数はだいたい 10,000(±2,000)語というわけです。[3]
 
未知語率
未知語出現頻度
推定認識語彙レベル
 評価
 ≧ 0.1 %
1000語に1語
 20,000 語以上
 A
 ≦ 0.2 % 
  500 語に1語 
 15,000 (±3,000) 語
 A 
 ≦ 0.5 % 
  200 語に1語 
 12,000 (±2,000) 語
 B 
 ≦ 1.0 % 
 100 語に1語
 10,000 (±2,000) 語
B
 ≦ 2.0 % 
   50 語に1語 
   8,000 (±2,000) 語
B
 ≦ 2.5 % 
   40 語に1語 
   6,000 (±2,000) 語
B
 ≦ 5.0 % 
  20 語に1語
   5,000 (±1,000) 語
B
 ≦10.0% 
  10 語に1語
   4,000 (±1,000) 語
C
 >10.0% 
 10 語に1語以上
   3,000 (±1,000) 語
C

表1:Newsweek 誌を読んだ場合の未知語率と推定認識語彙

この表は何回か修正を重ねて現在の形に落ち着いたものですが、1000語から 2000語の誤差を考慮すれば、まずまず正確に生徒の語彙レベルを判定することができます。で、前述のとおり、効果的な、あるいは意味のある通訳訓練を行なうためには、生徒の語彙力がこの表の Aレベル、少なくとも Bレベルと Aレベルの境界線あたりにあることが望ましいのですが、実際には大半の生徒がBレベルの下位から中位あたりに集中しているわけです。参考までに、しばらく前に、通訳初級クラスの生徒さんおよそ 70名を対象に行なった調査の結果をご紹介しておきますと、彼らが Newsweek 誌を読んだ場合の未知語率分布は次のようになっています(図1)。
 

図1: Newsweek 誌を読んだ場合の未知語率分布(通訳初級クラス)
 

通訳初級クラスというと、通常は TOEICで 800点以上、英検で準1級以上というのがだいたいの入学の目安になっているわけですが、この表を見ても明らかなとおり、実際にはこのレベルではかなりきついということがわかります。通訳訓練をはじめるに当たって必要な語彙数の最低ラインを1万語としても、これをかろうじてクリアできていると考えられる生徒は、72名中わずか 6名にすぎません。

ボキャブラリーというのは、たんに単語数だけの問題ではありませんで、1万語を超えるレベルの語彙力を獲得し、これを維持するためには、その背後に大量かつ継続的なリーディングの積み重ねが必要であり、それに裏打ちされた広範な知識データべースの存在が推定できるわけです。反対に、5000語とか 6000語とかのボキャブラリーしかない人は、おそらくは英字新聞とか英文雑誌に限らず毎日の生活の中で習慣的にものを読むということのない人であろうし、語学力以前に、そもそも通訳者として仕事をしていくために必要な知識ベース、あるいは知識への関心とか欲求とかいった面で基本的要件を満たしていない可能性が高いわけです。

読解力について
語彙力の有無は、2番目の「読解力」とも密接な関係があります。読解力というと一見通訳そのものには直接の関係はないように思われがちで、生徒さんたちもリーディングの課題となるとどうもあまり熱が入らないようです。しかし、早い話が、読んでわからないものを、聞いてわかるというのはちょっと考えられないわけですから、語彙力とともに読解力が重要なチェックポイントのひとつであるのは明らかです。

読解力とは要するに文字情報の処理能力ということですが、このチェックをするときに一番のポイントになるのはスピードの問題です。通訳の勉強をしようというほどの人は、例えばNewsweek の記事くらいは時間をかけて読めば十分に読みこなせるだけの力は備えているわけですが、通訳というのはある一定の速度で発話されては消えていく音声情報を扱う仕事ですから、時間をかけてじっくりと、というわけにはいかない。したがって、ただ読めるというだけではなく、どのくらいのスピードで読むことができるか ― 言い換えれば、情報の入力がこの速度を超えると意味処理がうまくできなくなるという限界値、いわゆる absorption threshold というやつですが、これがどのあたりにあるかを見極める必要があるわけです。

リーディングスピードについては、これまでにいろいろな研究や調査がなされていますが、眼球の運動能力上の限界から理論的に算出される読みのスピードの最高値はおよそ 300 wpm だそうです(Crowder, 1985)。ただし、この数字は目の逆行運動が起こらないと仮定してのものであり、実際には 100語につき 15回程度(Taylar, 1960)の逆行運動が起こります。高梨(1987)は 米国で行われた大規模なテストの結果を引用して、高校生以上の成人ネイティブスピーカーの読みのスピードの平均値はおよそ 250 wpm と述べています。個人差はきわめて大きいわけですが、平均値としてはおそらくこのあたりが妥当なところだと思われます。[4]

一方、日本人大学生を対象にした調査では、調査対象となった大学生のリーディングスピードは「ほとんど例外なく100 wpm 以下」(安藤, 1979) で、理解度も 60% 以下であったと報告されています。小川(1963)は、日本人の成人英語学習者のリーディングスピード(黙読の場合)の目標値を 250 wpmとしていますが、これはネイティブスピーカー並みの速度であり、非現実的な数字であると言わざるを得ません。現実的な目標としては、ネイティブスピーカーが普通に話す速度、あるいは英語ニュース放送のアナウンサーの平均的発話速度とほぼ同じスピードで英文を読むことができれば十分です。逆に言えば、この速さで読み、理解する力(情報処理能力)がなければ、ネイティブスピーカーが普通の速度で話している内容や、英語放送の内容が十分に理解できないということになるわけです。平均的ネイティブが普通に話す速度はおよそ 140 wpm から200 wpm の範囲で、英語ニュース放送のアナウンサーのスピードもだいたい 160±20 wpm というところです。[5] したがって、一般の英語学習者がとりあえず目指すべきリーディングスピードの目標もこの範囲に置くのが現実的ということになります。で、もちろん、通訳訓練という観点からすれば、この目標値がスタートラインということになるわけです。

実は、さきほどの語彙力チェックと並行して、同じクラスの生徒さんのリーディングスピードの調査も行なったのですが、この結果も参考までにご紹介しておきます。調査方法は、これもやはり Newsweek 誌から抜粋した記事を 3つ読ませ、それぞれの読了に要した時間から wpm レートの平均値を出すという方法をとりました。3つのテストサンプルは使用語彙レベル、文章のリーダビリティ、および内容の 3点で Newsweek誌のごく平均的なレベルのものを選んでいます。また、各サンプルともそれぞれ 5つの設問を用意し、理解の程度を測定しました。調査の詳しい手続きについてはちょっと繁雑になりますので省略するとして、結果は図2のとおりです。

このグラフが示すとおり、調査対象となった通訳初級クラスの生徒さんたちのリーディングスピードの分布は80-110 wpm の範囲に集中しており、平均値は 103 wpm(理解率 71%)となっています。これは四捨五入して 100 wpm と考えていいわけですが、100 wpm というと1秒に処理できる単語数はおよそ 1.6 語で、読むスピードとしてはかなり遅いと言わざるを得ません。前述の 160±20 wpm(理解率 80%)という目標値をクリアできている生徒はわずか 3名という惨澹たる結果です。リーディングスピードと理解度の相関を見てみますと、リーディングスピードが 80 wpm 以下の生徒は内容の理解率も極端に低く、反対に、もともと力のある生徒は読みのスピードを上げても 80パーセント以上の理解度を確保しながら読み進んでいることがわかります。つまり、かならずしも時間をかけて読めばよく理解できるということではないわけで、これは、読みの速度には上限だけでなく、下限もあることを示唆しているように思います。それから、未知語率とリーディングスピードの関係についても、全般的な傾向として未知語率が低いほどリーディングスピードが速くなるという相関関係が認められます。  

図2: Newsweek 誌を読んだ場合のリーディングスピードの分布と理解度との相関(通訳初級クラス)
 

先ほど、リーディングスピードのチェックは、要するに情報の入力がこの速度を超えると意味処理がうまくできなくなるという限界値(absorption threshold)がどのあたりにあるかを調べるために行なうのだと述べましたが、これを音声情報についてもチェックする必要があります。これが、前述の「4つの基準」のうちの 3番目ということになります。

聴解力について
リスニングは大多数の英語学習者が自分にとって最大の問題だと感じている分野ですが、みなさんよくご存じのとおり、これは通訳クラスでもまったく同じでして、かつて水野さんがこの研究会の報告の中で述べられたとおり、「本来ならこのレベル(通訳上級クラス)で listening が問題になるということ自体がおかしいのですが、現実は現実です」という現実があるわけです。もっとも、ひとくちにリスニングに問題があるといっても、例えば 160±20 wpm 程度のナチュラルスピードで発話された英文を聞いて、ほとんど理解できないというレベルなのか、それともところどころ聞き取れないところがあるということなのかによって対処方法はうんと違ってきます。語彙の面でもそうですが、いくら勉強しても、あるいはプロとして日々研鑚を積んでいても、意味のよくわからない単語や表現というものはかならず出てきます。同じように、いくら耳を磨いても、どんなものでも完全に(一度で)聞き取れるということはないわけです。ナチュラルスピードで発話された英文を聞いていて、たまに聞き取れない部分があったり、意味のわからない語句に遭遇するというのはごく普通の現象ですから、これは特に問題になりません。これはリスニング能力とかボキャブラリーの問題というよりも、むしろそのような事態に遭遇した場合にどのように対処するかという、通訳者としての問題解決能力ないし訳文処理技術の範疇に入る問題です。

通例、通訳初級から中級クラスの生徒さんの大多数は、100 wpm から120 wpm 程度のスピードなら十分に対応できるだけの力を持っています。これは、前述のリーディングにおける absorption threshold にほぼ対応するわけですが、リーディングの場合と同じように、情報入力の速度がこれより早くなるにしたがって聞き取りに困難を感じるようになり、あるレベルを超えるとまったく処理不能という状態になります。私の調査では、語彙の問題がクリアできている場合、通訳初級〜中級クラスの生徒のリスニングにおける平均的な absorption threshold はおよそ 120 wpm というところです。もっとも、140 wpm くらいまではなんとか 70-80パーセント前後の理解度を確保しながら対応していくことができますが、これを超えると理解度は急速に低下します。で、通訳訓練ということになると、前述のような理由でこの限界値がおよそ 160±20 wpm あたりにあることが望ましいわけです。もうすこし詳しく言えば、140 wpm 前後の場合で理解度はほぼ 100パーセント、160 wpm 前後の場合で 80パーセント以上、180 wpm を超える場合でも 70パーセント程度の理解度は確保できるというのが理想です(いずれも語彙上の干渉がない場合を想定)。安定して聞き取れる範囲が 140 wpm 以下の場合は、どうやっても通訳訓練というよりはヒアリング演習になってしまいます。

プロソディーセンスについて
リスニング能力の問題は、実際には情報の入力スピードのほかに語彙力の有無が大きくかかわってくるわけですが、もうひとつさまざまな音声学上の問題があります。例えば音の連結や脱落などの音声変化現象に対応できなかったり、発話の強弱、抑揚、あるいはリズムやポーズといったさまざまなプロソディー信号をたよりに文の構造や意味の切れ目を判断したり、重要な情報と 2次的な情報との聞き分けをすることができない、などといった問題です。通訳というのはもっぱら音声言語を対象にした作業ですから、通訳者は、発話された言葉そのものの意味のほかに、こうした各種のプロソディー信号を的確に感知し、かつその意味を汲み取る能力を備えている必要があります。

こうした能力は自分の母語については各人が無意識のうちに身に付けているわけですが、外国語の習得に当たってはいわゆる母語干渉がもっとも強く起こる分野であり、かなり意識的に学習しないと身に付きません。ちなみに、プロソディーの影響に比較すればひとつひとつの音素を正確に(つまりネイティブスピーカーのように)発音できるかどうかは、実用的なコミュニケーションの上ではたいして重要な要素にはなりません。英語学習者の多くが経験しているように、英語の子音や母音を日本語のように発音してもプロソディー全体が英語的であれば相手に聞き直されることはあまりありません。反対に、いくらひとつひとつの音を正確に発音できたとしても、これを日本語のプロソディーに乗せて伝達した場合にはうまく通じないことが多いわけです。このように、プロソディーは音声によるコミュニケーションの中核的役割を担っているわけですから、英語なら英語のプロソディーに対する理解あるいは運用力がどの程度あるかというのは、通訳者にとって ― この場合は英日通訳者ということですが、決定的に重要な要素であると言っていいと思います。通訳訓練を効果的に行なうための 4つの前提条件のひとつにプロソディーセンスを挙げたのはこういう理由です。

プロソディーセンスを測定するためには、生徒に 100 words 程度の短い英文を音読させてみればどの程度のレベルかほぼ的確に判定することができます。英語のプロソディー回路が十分にできていない生徒は、音読の際に日本語のプロソディーの干渉がさまざまな形であらわれてきます。また、読み方よって意味がわかって読んでいるかどうかということもだいたい判断できます。で、このときに、ほぼ適切な音読再現ができる生徒は、それに対応したリスニング能力も備えているであろうことが推測できるわけです。適切な音読再現ができない生徒に対しては、その問題点を詳しく分析・指摘して、個々のレベルに応じた適切な指導をする必要がありますが、もちろんこれは通訳訓練とは別に行なうべき筋合いのものです。

この点については、また後ほど触れる機会があるかと思いますので、詳しくはそこでお話しさせていただくとして、次に、生徒の語学力が以上の4つの基準をクリアしているとした場合の「通訳訓練カリキュラム」はどのようなものになるかという点に話を移したいと思います。
 

3. 通訳者養成ための標準カリキュラム
まず、大前提として生徒は語学力という点で基本的な問題はないわけですから、教室での授業はもっぱら通訳そのものを演習形式で行なっていく実践的なトレーニングに集中することができます。具体的には、逐次通訳、同時通訳、それにサイト・トランスレーション演習、とりあえずこの 3つですね。これを段階的に難易度を上げながらやっていく。民間の通訳学校でやる場合はこういうことでいいと思います。ただし、大学院でのマスターコースとしてやる場合は将来の指導者の育成ということも念頭に入れるわけですから、通訳演習のほかに次のような科目も含めるのが妥当だと思います(表4)。◎は必修科目、○は選択科目ということになります。
 
専門教養科目  
通訳概論(通訳倫理、通訳史、通訳実務) 
コミュニケーション論
日英比較文化論
翻訳理論と技法 
パブリックスピーチ演習
ライティング演習
語学科目  
日英対照言語学 
現代英語研究(文法・統語法・修辞法・慣用法) 
現代日本語研究(同上)
時事英語研究
非標準英語研究
日本語表現演習
英語音声学
通訳演習・実習科目  
逐次通訳演習(分野およびレベル別クラス編成)
サイト・トランスレーション演習
同時サイトラ演習
同時通訳演習(分野およびレベル別クラス編成)
通訳実習

表4:通訳者養成コースの標準カリキュラム例(英日通訳)
 

このうち、専門教養科目および語学科目として挙げてあるものについては、その必要性、あるいはそれぞれ具体的に何を教えるのかということは自明だと思いますので、ここで改めて説明はしませんが、授業のやり方としてはいずれも原則として日英 2カ国語を併用して行なうのがいいと思います。これによって、授業そのものが生徒の通訳技能を側面から強化する実践の場になります。ちなみに、生徒は原則として日本語を母語とするものを想定しています。

通訳演習・実習科目は、分野およびレベル分けによるクラス編成をします。分野別の区分けというのは、政治、経済、科学技術、ビジネス、法律・裁判などの特定の分野のフォーカスを持ったコース編成にするということで、基本的には生徒が自分のニーズ、あるいは専門分野に対応した授業を受けられるようにできるだけ多くの分野別コースがあるのが望ましいわけですが、現実的な問題としては経済・政治分野を中心に、タームごとに 2〜3のオプションを用意するということになると思います。レベル分けというのは、演習課題の難易度による区分で、これは内容の専門性、使用語彙レベル、発話速度の 3つがおもな判定基準になります。

逐次通訳演習では、センテンス単位の逐次訳演習とパラグラフ単位の逐次訳演習のふたつを並行して行ないます。この演習は必然的にノートテイキングと大意要約演習を含むわけですが、この 2つは逐次通訳における中核的なスキルですから、コースの始めに基本的なことをきっちりと教えておき、通訳演習のときだけでなく一般教養科目や語学科目の授業の中でも生徒がそれぞれ自主的にこの2つのスキルの実践とレベルアップを図れるように指導します。

同時通訳については、これを通訳訓練全体のどの段階でどのように導入していくかについていろいろと議論の分かれるところですが、私の意見としては訓練の初期の段階から、つまり逐次通訳とほぼ並行して導入していくのがいいと思います。一般には、通訳訓練はまず逐次から入り、これがある程度のレベルで安定してできるようになってから、少しずつ同通を導入していくべきだとする見解が主流になっています。これは、同時通訳のほうがいわばアプリオリにむずかしいという前提に立っているわけです。しかし、実際にはこの前提はかならずしも妥当ではありません。後述のとおり、同時通訳の困難さは最終的にはスピードへの対応という一点にかかっており、この問題さえなければ(例えば平均して 100 wpm ないしそれ以下の速度で発話されたスピーチなどを通訳する場合は)むしろ同通のほうがやりやすいということがあるわけです。また、逐次通訳の場合でも相手の話を聞いているときには頭の中で同時通訳的に意味処理をしていくわけですから、このプロセスに慣れるために、できるだけ早い時期に初歩的な同通訓練をはさんでいくほうがより効果的な訓練ができると思います。

ちなみに、同時通訳に固有の技能というのは、一連の音声情報を聞きながら、その発話の流れに沿ってほぼ同時進行的に頭から訳し下していく技能と定義することができます。ここには、「聞きながら話す」という異なったタスクの同時性と、「原文のシンタクスに沿った訳文の生成」というふたつの課題が含まれているわけですが、前者は一般に考えられているほど神業的な作業というわけではなく、自分の母語(例えば日本語から日本語)については実は同じようなことをだれでも日常的にやっているわけです。したがって、これ自体は特別な訓練を必要とするほどのものではありません。ただし、ただ聞きながら話すということではなく、その間に「A言語から B言語への転換」というもうひとつの要素が入ってくる場合は話はまったく別でして、このためには A言語の理解のプロセスがほぼ自動的である必要があります。これまでの議論で明らかなとおり、私の考えではこのプロセスが一定の範囲内でほぼ自動的であること ― つまり near-native の言語運用力があるということですが、これが通訳訓練に入るための大前提となっているわけで、そうであるとすれば、この面での課題はもっぱらスピードへの対応力の養成という問題に収れんすることができます。したがって、同通訓練ではこの点がひとつの大きな訓練目標になります。具体的には、テキストをその発話速度によって Level 1 (100±20 wpm)、Level 2 (140±20 wpm)、Level 3 (180±20 wpm) の3段階に分け、段階的に難易度を上げていくようにするのがいいと思います。

同通に固有なもうひとつの課題、つまり「原文のシンタクスに沿った訳文の生成」という問題については、まず文字テキストを使った翻訳演習から入り、ここでいわゆる first-in first-out translation に特有な問題を分析しながら、その基本的な訳文生成技法を習得し、その後、サイトラ→同時サイトラ→同時通訳の順に段階的に演習を行なっていくということになると思います。もちろん、すべての演習は「テキスト分析」「演習課題のレビュー」「語句ノート/データベース作り」などの一連のフォローアップ作業を含みます。[6] このカリキュラムについては、もう少し具体的に突っ込んだ議論が必要だと思いますが、今日のところはあくまでも概論ということでご容赦いただき、そろそろ次のトピックに移ることにします。できれば、このあたりのことについては、今年から近藤先生のところに日本で初めての通訳マスターコースができたことでもありますし、また別の機会に先生のほうから改めて問題提起していただくのがいいかと思います。[7]

さて、ここまでは、効果的な通訳訓練を行なうためには生徒の選抜基準をある一定の言語運用力のあるものに限定する必要があるという前提から、その基準について長々と述べ、さらに、この基準が満たされたと仮定しての「専門職としての通訳者養成のためのカリキュラム」はどうあるべきかというところまで話が進んできたわけですが、最初に申し上げたとおり、もうひとつの問題として、この基準に見たない生徒に対する学習支援をどうしていくかという課題があります。

この議論に入る前に、現在、一般に通訳訓練の場で採用されているおもな訓練手法あるいは訓練項目にはどのようなものがあるかを簡単に整理しておきたいと思います。というのは、これらの訓練手法・項目の中には通訳技能の習得・訓練に直接かかわるものと、通訳技能というよりはむしろ英語力強化のための学習方法として位置付けるほうが適切と思われるものが混在していると思うからです。(以下「第2部」に続く)
 



[注]
[1]  プロソディー (prosody) = アクセント、イントネーション、リズム、ポーズなど、話し言葉に含まれる各種の音声要素の総称。話し言葉によるメッセージの伝達は表象記号としての言語そのものとこれらの音声信号の持つ韻律的意味との組み合わせによって行われる。自然な談話においては、こうした音声要素が相互に密接にかかわりあって話し言葉の文法的な区切りと連続を明示し、あるいは言外の意味を伝えるなど、円滑なコミュニケーションのための中核的役割を担っている。
[2] S.B. Flexner (1960)のように成人ネイティブの平均認識語彙数を 1万-2万語とする学者もいるが、これは常識的にみても少なすぎる数字といわざるを得ない。ちなみに、認識語彙に対する使用語彙の比率は通例 5% 前後で、学習効率がかなりよい場合を想定しても 10% 以下と推定される。つまり、3万語の認識語彙に対して使用語彙はおよそ 1500語(から最大3000語)、5万語で 2500語(から最大5000語)程度ということになる。
[3] 東京女子大短大部の小林祐子教授によれば、TIME 誌を対象にした場合の未知語出現頻度とボキャブラリーレベルの相関は、未知語率 2.5% の場合で 10,000語、9.0%で 5,000語、25.0%で 2,000語となっている。数字の根拠は明らかでないが、語彙レベルの設定は  The Ladder Dictionary の使用頻度区分に基づいているものと思われる(別冊 English Journal 「英語の速読術」1985年2月号 pp. 30-35)。
[4] いわゆる scanning や skimming の技術を応用した「速読」では 800 wpm ないしそれ以上のスピードで読むことが可能とされているが、これは特殊な読みの形態であり、ここでは取り扱わない。
[5] ちなみに、日本語ニュース放送のアナウンサーの発話速度は 、漢字仮名まじりの原稿字数にして 1分間におよそ 400文字。もっとも早口なのは「ニュースステーション」の久米宏で、ニュース項目の読み上げ時には 1分間に 560文字にも達する。NHK の「7時のニュース」では平均 390文字となっているが、30年前は平均 320文字であったことから、全体的に早口化の傾向があることがうかがわれる(朝日新聞 1992年4月22日号夕刊)。なお、全体をベタの仮名書きにした場合の日本語の 1文節の平均字数は  5文字(5音節)であり、英語の 1語の平均字数にほぼ等しいことが知られている(前川, 1995)。「文節」とは文を意味上と発音上から不自然でない程度に区切った最少の単位であり、したがって通訳する場合の最少の単位でもある。このことから、日本語から英語への同時通訳ということを考えた場合、漢字 1字あたりの平均音節数を1.5 として、1分間におよそ 120文節  (120 BPM) 程度の処理能力をつけることを一応の訓練の目標として設定することができる。
[6] なお、このカリキュラムでは生徒のボキャブラリーを増やすための訓練とかリスニング能力を高めるための訓練といった個別語学スキルの学習を特別に行なうということは想定していない。もともと、その必要性を排除するために前述の「4つの基準」を設定したのである。もちろん、語学力に関してはどの段階でもこれで十分ということはなく、語彙力の増強であれ何であれ、通訳者としての総合的能力を向上させるめの学習は継続して行なっていくべきものだが、これはあくまでも生徒の自助努力に任せるということになる。
[7]「経済関連の国際会議において逐次・同時通訳を担当できる高度の専門職としての会議通訳者の養成」を目的に、大東文化大学大学院経済学研究科において 1995年4月に開設されたマスターコース。指導教官は同大の近藤正臣教授。
 
[参考文献]
Lewis, N.(1949) Word Power Made Easy, Pocket Books, New York.
Flexner, S. B. (1960) "Preface" to Dictionary of American Slang, Thomas Y. Crowel Company, Maruzen, Tokyo.
Crowder, R.G (1982) The Psychology of Reading. Oxford University Press, New York.
Tylor, S.E. et al (1960) "Grade Level Norms for the Components of Fundamental Reading Skill," EDL Research and Information Bulletin, No. 3, Educational Laboratories, New York.
安藤昭一 (1979)『読む英語』研究社
小川芳男 (1963)『英語教育法』国土社
高梨庸雄・高橋正夫 (1987)『英語リーディング指導の基礎』研究社
前川守 (1995)『文章を科学する』(1000万人のコンピュータ科学第3巻文学編) 岩波書店
 


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(c) Yasumasa Someya, 1995